夕凪SO BLOG

2021/08/14

瀬戸内の青を巡る


瀬戸大橋 この1年、何度か帰省を計画したがいずれもコロナ禍にあって断念していた。この7月、少し早めの夏休みを取得して、香川県観音寺市に帰ってきた。 この日、私は観音寺の燧灘(ひうちなだ)に面した温泉施設「琴弾回廊」にやってきていた。風呂場でも散々長話をした後にデッキに出て34歳の男2人はまだ会話を続けていた。

会話の相手は福岡新平(#10)。夕凪SO BLUEの活動をスタートしてから、リアルで会うのは今回が初めて。週に1回程度オンラインで会話はしているとは言え、やはりコミュニケーションの貯金は必要だと改めて感じる。

一緒に野球部に入部した高校1年の時には決して仲が良かったわけでは無く、むしろあまり話をしなかった。ただ、高校3年の1年間ではおそらく一番多く話をしていたのが新平だと思う。

しかも、野球のことより文学や哲学に関する話題を好んで話していたような気がする。この日もデッキで話していた話題はドストエフスキーやシェークスピアの話だったりした。

我々2人は良くも悪くも「野球部っぽく無い」のかも知れない笑

空 空 やっぱり生まれ育った場所、そしてそこに残っている過去の情景や匂いは人生に必要なものなのだと思う。コロナ禍となり、リアルなコミュニケーションが少なくなった。

その影響を受け、オンライン上で、新しいコミュニティをつくったり、コミュニケーションをとったりする機会は増加した。

その中で、私がもっとも驚いたのは過去に自分が出会ってきた人たちとの再会。特に、過去に何かしらの「しこり」や「心残り」があった人たちと久方ぶりにオンライン上でコミュニケーションが取れたことだった。これは過去のコミュニケーション貯金があったから出来たことだったと思う。

現在アトランタでLEDの研究をしているA君とは18年ぶりに画面越しで話をして。その後も何度もオンライン飲みをしたり、各々の仕事に関する意見交換をしたりした。

(むしろ18年前は仁尾の野球教室で何回か顔を合わせた程度だった笑)

秋田県で起業したMは小学校時代に一番最初に「ライバル」として意識をした存在。そして、野球やキャッチボールの面白さを教えてくれたのも彼。彼は今、俺には頑張れない事をめちゃくちゃ頑張っている。そして、秋田から送ってくれたきりたんぽ鍋と日本酒は超絶ウマかった。

2008年、シカゴ大学VS早稲田大学の野球部交流で来日した際にシカゴ大学の4番打者だったスコット・ホーファー。彼は2年前に観音寺の実家にも遊びに来てくれた。今回、オンライン上で英語でのミーティングをした。 (メンバーの吉田綾(#11)が完璧な英語でフォローしてくれました笑)

彼もまた、遠くからSO BLUEの活動を応援してくれている。

実家に帰省している折、LINEのメッセージを受信した。誰だろう?と思っていたら、高校時代の同級生のMさんだった。今は地元の歯医者さんで小児歯科を担当しているらしい。SO BLUEの活動とウチの息子のことをSNSで見て「将来、息子さんが野球をやるなら参考に!」と運動能力や骨格が良くなる歯並びにするためのノウハウについて教えてくれた。凄まじいボリュームの資料が送られてきて最初は引いた(笑)

でも、すっごくありがたいなぁと思って早速息子の日々の習慣チェックしている。

中学野球部時代からの仲良し3人衆。今回も財田川の河原でキャッチボール。

朝9時からキャッチボール開始して、まぁ30分くらいで終わるだろうと思っていたら、「またの!」と解散したのは11時過ぎだった笑。この2人とは随分と長い付き合いだけど、毎回楽しい。全員全然タイプは違うんだけれど笑

キャッチボール1 キャッチボール1 キャッチボール2 キャッチボール2        そして、わが家族。みんなでMLBのホームランダービーを観ていた。

今年90歳になった祖父と祖母がテレビの前に陣取って大谷選手の活躍を見ている。母は最初の1分間で大谷選手がなかなかホームランを打てないと「もう、どしたんー」とヤキモキしていた。ホームランダービーを現地に観に来ていたケン・グリフィーJrの姿を見つけると「この人が誠人が昔大好きやったグリフィーさんな」と言っていた。私は毎日ビデオでグリフィーの動画を見て、それを真似て練習していた。母もそれを覚えているらしい。

毎日野球の練習に付き合ってくれたのは父。小学生の時は1日300本。中学・高校は1日500本のティーバッティングに毎日付き合ってくれた。父との練習場だった車庫は道路の拡張工事の影響ですでに解体されてしまっている。

しかし、あの埃っぽい車庫で365日バットを振り続けた記憶とあの場所の空気は今も自分の鼻孔にとどまっている。夏の暑い日も冬の寒い日も、テストの前日も。試合の当日も毎日でオフは無かったなぁ。

だけど、それだけでは足りないんだっていうことが今は分かる。ただ、私にとってはあの場所が原点であり、これからのベースになることは間違いない。

私が身体や感覚を持つ限り、自分が感じる色、匂い、記憶。そういうものがプツリと途切れないようにしたいと願う。瀬戸内は青が濃い。私はこの瀬戸内ブルーが大好きだ。色だけでなく、匂い、記憶。それらが私にとっての瀬戸内ブルー。このブルーの貯金を絶やさないために、また帰って来たい。

      神社 神社 ブルーに関しては一つ心残りがある。今回、徳島の藍染師の渡邉健太さんの工房「Watanabe’s」に行けないかなぁと密かに企んでいた。妻から今年の誕生日にWaytanabe’sのヘンリーネックTシャツをプレゼントしてもらった。その色がまたいい。藍色のブルーは私のとても好きな色。

だが、帰省中は暑い日が続き、久々に帰省した息子(1歳半)も長距離のドライブは辛いし、、、ということで徳島に行くことは断念した。どういう工房なのかなぁと一度実際に見てみたかったのだが、これはまた次の機会に・・・。

全てが順風満帆というわけではないけども、また!!

銭形

街に野球がある景色を100年先にも





     

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